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15日間で500kmランニングに挑戦した話④〜精神編〜


500kmチャレンジ④カバー
500kmチャレンジ④カバー

前回の記事はこちら


前回までは走った内容やその条件、怪我をしないためのセルフケアやカラダに起こった変化など読者の方にも参考になればと思って書きました。


今回は具体的なランニングの話はほぼなく、


  • 社内コンペについて僕自身がモヤっと感じたこと

  • 走る度にメンタルが削られていったこと

  • 個人的に思うランニングとの付き合い方


について簡単に書きます。あまり気持ち良い内容ではありません。大半が愚痴みたいなもの。ためになることは少ないので山本個人の心の中を覗きたい方だけどうぞ。書いてみて思いましたけどホント見た目に反して陰キャラだと思います。自分。


走る理由が賞品以外見つからなかった無益な15日間

トレイルランニング
トレイルランニング

今回のコンペ(レース)は僕の在籍する会社全体、世界各国の支社のスタッフも混じったグローバルなもの。コンペ以前に会社の「これから」を示唆するようなキーフレーズがありました。そのフレーズを意識した目的の上でコンペは開催されました(と認識しています)


ちなみにその会社は環境に配慮した製品の製造販売、システムの構築にかなり力を入れています。業界では有名です。


さて、本題。僕が気になったこと。

「コンペ開催と会社の方向性の不一致」


そもそもコンペ(レース)と環境への配慮は全く関係がない。

むしろレース熱が熱くなればなるほど環境負荷が高まる。

実際、僕の場合でも長い距離をなるべく楽して走れるように水分補給に自販機やコンビニを最大限活用しましたし、補給食も買った。

実際、トレイルランのレースでも水が尽きて死にそうな状態になったら自販機でペットボトルの水を買います。自分の身の安全を優先するため、レースを完走するためです。


よくよく冷静に考えるとコンペをやらなければこの無駄な消費が発生しなかったはずでは?


一歩も走らなければコンビニにも行かなくて済んだし、自販機も使わなくて済んだ。シューズのソールも擦り減らさなくて済んだ。


それがわかってるなら自分で水を持てよ、補給食を持てよと言いたくなりますよね。よくわかります。


ですが、本気で勝とうと思ったら思想なんか捨てて、ルール内で一番勝利に近づく方法を選びます。例えば水を途中で補給する想定で荷物を軽くするということ。これがコンペでありレースであり競争・闘争です。


※山本自身、本気の勝負事になったら勝つためにはルール内では手段を選びません。もちろん隠れて反則することはありませんよ。


もちろん、全部荷物を担いで一個もゴミを出さずに尚且つ勝利する。これが一番カッコいい。


ですが、品行方正で勝てるほど僕は強くない。弱い

なので頭を使って、事前に補給ポイントを調べ、限りなくカラダへの負荷を減らして走り続けました。弱者が勝つためには努力が必要なのは身を持って知っていますから。

こんな環境保護のカケラも(一時的に)ない人間が環境を大事にする企業の社内コンペで勝利して、讃えられる。目的は賞品だけなんでさらにおかしい。


そもそもコンペやる理由が曖昧なのでこんな僕みたいな考えの人間が勝っちゃうわけですよ。勝てて嬉しい反面、「これ、会社としてやる意味も意義もないよね」と思ったのがモヤモヤポイント。


正直コンペやらなかった方が環境負荷少ないし。たくさん走ったところで何も建設的なことが生まれないと思ったのは初めてです。無駄なことほどメンタルを消耗しますね。


ランニング距離の改竄

改竄された表
数字がおかしい記録表

これは本気でイラっときました。距離の計測はSTRAVAのログで行うとのことでしたが、走行距離が全然違う。実際、僕が走ったのは401.81km。しかし結果発表で掲示されたのは395.39km。なぜ?


そして2位の方は381.63kmと掲示されていましたが、その方のログを全部計算したら300kmちょっとしかない。(わざわざ全部計算しましたよ)

およそ100kmの大差をつけて勝ったはずなのになぜか僅差となっている。


普段、順位とかタイムとか気にすることはほぼありません。そもそも競争が苦手。

しかし、先にも書いたように今回のコンペに関しては本気で勝ちにいきました。そして大差をつけて勝ってやろうと意気込んでいました。

が、そんな気合いなんて関係なく数字の改竄。これは流石の僕でも怒ります。


自国民優先の出来レース


少し差別的な内容かも知れませんが本心を書きます。嘘書いてもしょうがないですから。


このコンペの発起元は韓国の支社。そして、ランニング部門の2位の方も韓国のスタッフ。

で、1位の僕の総距離が少なく見積もられていて、2位の韓国のスタッフの総距離がかなり多く見積もられている。


こんな背景があると『自国の選手(スタッフ)を勝たせようとして数字を改竄したのではないか?』と思ってしまいます。こんなこと思いたくないですがそう思わざるを得ない。

推測でしかありませんが、僕の方が明らかに走っている(毎日の走行距離もログのメモに公開していました)ので自国の選手を勝たせようもなく、せめて僅差の2位ってことで面目を保った。と考えています。マジでしょーもない。


実際のマラソン大会と違って公衆の面前で競走するわけではなく、オンラインアプリに載せられた数字を計測するのであれば正しく行わないとおかしなことになる。

ましてや自国の選手を有利にするよう数字を改竄するなんて言語道断。


これを差別と言わずしてなんと呼ぶか。誰か教えてください。


ちなみに会社は人種差別反対なスタンスとってますが、現場ではこんな感じなんだなーって身を持って知りました。実際は理由があってのことなのかも知れませんがもうどうでも良いです。


僕が勝ったんで(ドヤっ)


家族の時間が減った

子どもの成長が一番
我が子の成長を見る方が楽しい

これが一番メンタルやられました。

毎朝・夕と走るので家族と過ごす時間が少なくなる。0歳児の子どもと接する時間も少ない。コンペで1位になって賞品がある、つまり稼ぎがあるからまだましでしたが、これをただ自分の趣味だけで日常的に行うと確実に家庭が崩壊する。そう思いました。


家庭を疎かにしてまで走る大きな理由なんて僕にはありませんし、それは幸福ではなく自分の快楽を追い求めているだけと考えます。

もし、自分の快楽だけを追い求めていて家族仲が悪いと感じているなら本気で走ることについて考え直した方がいいです。


結局のところランニングをして気持ち良いのは自分だけなんです。他人がその快楽を知る術はありません。(だから走らないと走る心地よさがわからない、ということでもある)


※話は脱線しますが「家族のために頑張って走りました!」という方いますけどそれなら夕食後の皿洗いを率先してやった方が家族のためになります。そう思います。


成長が著しく見ていても楽しい0歳児の育児を放棄してまで走るのってなんてつまらないんだろう、と思いました。


妻の疲労


妻にも心身への負担がかかっていて疲弊しているのが目に見えてわかりました。

育児もせず、仕事の一環とは言え朝も晩もランニングで外に出ている。

以前のブログでも書きましたがそもそも核家族での育児、特に母子一対一の形はおかしいというのは身をもってしても、生物の歴史的にもおかしいのは事実。興味あれば読んでください。


○小さい子どものいるお母さんが不調になる要因


うしろめたさを感じつつランニングシューズを履き、いつもの退屈なコースをいつものペースでいつものように走る。

ルーティンと言えば前向きですが、先の数字の改竄などが中間報告の時点でもあったのでやる気も出ない。やるせない。でも負けないためには走らないといけない(本当なら12日目あたりで終わってもよかった)。


家族を疎かにしてまで走ってもろくなもんじゃねぇ、って人生で初めて思いました。企画も運営もクソでしたけど。



まとめ

answer4
最終ランが終わった時の一枚

走ることは心身ともに良いものですが、大切な時間を削ってまで走るのは余程のことがない限りオススメしません。(余程のこと例:プロ選手として選手生命に関わる試合がある、妻子を失ってまで価値を感じるレースを控えている)

だからと言ってランニングは家庭の悪、というわけでもなく、時には長く走りたい日もあります。そんな時は別の日や時間を設けて妻の自由な時間を捻出する、家のことをするなど「お互い様」の積み重ねをすることで気分良く走ることができます。


今回は15日という短期間だったのでチャレンジができました(やらせてもらえた)がこれが1年とかなら僕はやりません。失うものの方が大きいと考えるから。


どちらにせよ終わってホッとしたのとモヤっとしたのが混じった感じ。


人生、そんなこともありますよね。


お後が悪いようで。



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